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2026/09/09

のれん会計、現状維持へ|20年論争の全記録

2026年7月27日、財務会計基準機構(FASF)の第57回企業会計基準諮問会議が、ひとつの結論を出しました。「のれんの非償却を、企業会計基準委員会(ASBJ)に提言しない」――つまり、日本基準は現行の“償却を続ける”ルールを維持する、というものです。一見地味なこの決定の裏には、20年以上にわたる「償却か非償却か」をめぐる会計の攻防が横たわっています。本記事では、日本で論争が再燃した背景から決着に至るまでの全容と、今後の経理実務に与える影響を紐解きます。

目次

    1.そもそも、なぜ「非償却」が議論されたのか

    話は世界の潮流にさかのぼります。かつてはIFRS(国際財務報告基準)も米国基準も、のれんを規則的に償却していました。ところが、米国基準が2001年に、IFRSが2004年に相次いで「非償却+減損テスト」へと舵を切ります。以来、20年以内で償却を続ける日本基準は“世界の少数派”となりました。

    しかし、国際的にも揺り戻しがありました。IASB(国際会計基準審議会) は2014年のディスカッションペーパーで「償却の再導入」を検討し、ボード内でも意見は真っ二つに割れました。僅差の末、2022年に「非償却を維持する」と最終決着しています。

    つまり“償却か非償却か”は、世界の会計基準設定主体が幾度も議論を重ねてきた「答えの出ない難問」だったのです。

    主要な会計基準における「のれん」の変遷と現状

    会計基準 これまでの変遷・経緯

    現在のルール

    (2026年7月時点)

    米国基準 かつては償却していたが、2001年に「非償却」へ舵を切る 非償却 + 減損テスト
    IFRS かつては償却していたが、2004年に「非償却」へ移行。 その後、2014〜2022年に「償却の再導入」を激論するも見送りに。 非償却 + 減損テスト
    日本基準 一貫して規則的償却を維持。

    米国・IFRSの移行により“世界の少数派”となる。

    規則的償却(最長20年以内)+ 減損テスト

    2.議論再燃の火付け役は「スタートアップM&A」

    日本で「のれんの非償却」の議論が再燃したきっかけは、意外にも国の成長戦略にありました。2022年、経済同友会が「のれんの規則的償却がスタートアップのM&Aを阻害している」と問題提起しました。アンケート調査では、7割超の経営者が「償却はM&Aの障害になる」と回答し、実際に買収を断念した経営者も半数近くにのぼりました。

    産業界からの切実な声は、2025年に政府の規制改革推進会議の答申にまで到達します。この異例ともいえる“政府からの言及”を受け、ASBJ(企業会計基準委員会) は2025年8月から公聴会をスタートさせました。

    3.9回の公聴会と情報要請、その果てに出た結論

    ここから、基準設定の正念場を迎えます。基準諮問会議は、学識者・作成者・監査人・投資家へと対象を広げて計9回の公聴会を開催しました。さらに、2026年4月には情報要請を実施し、あらゆる角度から意見を集めました。

    しかし、それでも結論は「現状維持(償却の継続)」でした。決め手は、現行の償却モデルを覆すだけの決定的な論拠が見当たらなかったためです。主に以下の理由から、非償却への移行は見送られる形となりました。

    • 概念フレームワークとの整合性
      表現の忠実性やコスト面において、非償却よりも「償却」の方が優れている。

    • 比較可能性への懸念
      「償却か非償却かの選択制」にした場合、企業間の財務諸表の比較可能性を著しく損なう懸念が強い。

    • 不可逆な改正と莫大なコスト
      非償却は「一度変えると償却へ戻せない不可逆な改正」であり、新たな基準開発や周辺基準の改正など、移行にかかる現実的なコストが重すぎる。

    4.では、経理にとって「今後」は何が変わる?

    「現状維持」という結論が出たとはいえ、実務課題は積み残されています。そのため、諮問会議は次の2点をASBJ(企業会計基準委員会) に検討するよう提言しました。

    ① 償却期間・償却方法の考え方の明確化

    投資回収期間で償却期間を決めると、「有望案件ほど償却期間が短く、単年の負担が重い」という課題が起きがちです。今後は、定額法以外の合理的な方法の導入も含め、考え方の整理が進められます。

    ② 「のれん償却前営業利益」の情報提供の見直し

    会計上の表示ルールは維持したまま、開示資料等において「償却前の営業利益」の表示を促す方針です。のれん償却が業績に与える影響を、投資家へ明瞭にする狙いがあります。(ただし、強制表示については、慎重論も根強く残っています)

    20年越しの論争は「償却の維持」で幕を閉じましたが、物語はまだ完結していません。次なる実務ルールの策定の場は、ASBJへと移ります。これらの検討事項が直ちに実務へ影響を与えるわけではないため、現時点では、今後のASBJにおける審議や具体案の公表を待つ段階と言えるでしょう。日本基準における「のれん」との付き合い方は、これからも少しずつ姿を変えていきそうです。

    井上 雅彦 氏

    監修:井上 雅彦 氏(公認会計士)
    監査法人のパートナーとして、リースに関わる監査、アドバイザリー業務に長年携わる。監査法人トーマツリースクレジットインダストリーリースリーダー(元)、現在は、日本公認会計士協会と連携した一般財団法人会計教育研修機構でリース担当シニアフェローを務める。 リース会計税務に関する書籍を主著で計8冊出版(直近では「新リース会計の実務対応と勘所」を2025年2月末出版)。リース事業協会研修講師を長年務めた他、リース研修講師30件超経験。


    参考:主な出典
    FASF 第57回企業会計基準諮問会議 議事概要(2026年7月27日)/KPMG・EY・PwC・RSM 各解説/内閣府 規制改革推進会議 資料/経済同友会 アンケート調査(2023年)
    ※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の会計処理や判断の採用を推奨するものではありません。

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