経理財務 ✖ 〇〇〇 経理財務視点からみるトレンドワード:第三回 経理・財務 × “Fit to Standard”

経理・財務部門が対応を求められる領域は年々広がりを見せており、従来の日常業務に加え、多角的な視点や情報収集スキルなどが求められるようになっています。本企画記事では、そうした時代の変化に伴って注目を浴びるトレンドワードを毎回取り上げ、経理・財務領域に精通されている日本CFO協会主任研究委員 櫻田様のインタビューを通じて掘り下げていきます。経理・財務をご担当される皆様が、日々の業務において新たな視点やアイデアを得るきっかけとなれば幸いです。第三回目のトレンドワードは「Fit to Standard」です。
ゲスト:櫻田 修一 氏
一般社団法人日本CFO協会 主任研究委員
株式会社アカウンティング アドバイザリー
マネージングディレクター/公認会計士
目次
◆ようやく理解されたERPパッケージを利用することの本当の意味
第三回目のテーマは「経理・財務 ✖ “Fit to Standard”」です。
まずは、今回のテーマ“Fit to Standard”とは何か、なぜ今注目されているのか、教えていただけますでしょうか。
“Fit to Standard”は、ERPをデジタルコアとして捉え、普遍的な販売、購買、在庫管理、会計のコア(幹)となる部分については、業務を標準機能に合わせる形でERPをそのまま使っていこうという概念です。
なぜ今“Fit to Standard”が注目されているのかというと、ERPをアプリケーションパッケージとして利用することの本当の意味が、日本企業のシステム部門だけでなくマネジメントにも理解されてきたということが一番大きいと思います。ERPが日本に本格的に普及し始めてから25年程経ちますが、当初からERPに携わってきた立場からすると、この状況を「ようやく」という思いで見ています。というのもERPがカバーする業務というものは、特に財務会計で必要となる部分は、金融業を除き、基本的には業界を問わず変わらない。ワークスさんは日本の商習慣を取り込んだ網羅性の高い標準パッケージを構築し、導入時のアドオン開発が不要であることを創業以来のコンセプトにしていると思いますが、そのコンセプトはまさに“Fit to Standard”ですね。
会計基準は、グローバルでみるとIFRS(国際会計基準)とUSGAAP(米国会計基準)の大きく二つに分けられますが、会計業務の中心となる基本機能は、買掛金(AP)、売掛金(AR)、総勘定元帳(GL)の3つで会計基準に左右されずグローバルで共通と言っても差支えないと思います。ただ、日本の場合は商習慣が欧米と異なる点があることに加え、ERPがマーケットに出てきた1990年代後半から2000年代初頭は、国産のERPはほぼなく、外資系のERPしかありませんでした。そのため、パッケージでフィットしない部分についてはどうしてもカスタマイズ(改修)、アドオンや周辺のシステム開発で対応してきた歴史があってコストがかさんでしまいます。特に製造・販売・物流の領域では、業務に合わせてシステムが構築されたという背景があります。業務アプリケーションは、企業がそれぞれの経験を積み重ねた上でユーザーに提供をしていますが、ERPなどのパッケージの標準機能をそのまま使うことができれば相対的にIT投資のコストも下がります。ワークスアプリケーションズさんを始めとする日本のベンダーは、日本の商習慣を踏まえていますし、パッケージそのものの機能もかなり進歩してきています。
会計の領域については、付加価値税、日本では消費税ですね、日本基準とIFRSの複数基準対応、最近では電帳法やインボイス制度、またグループ全体の仕訳明細を収集・蓄積する統合元帳など、法制度やビジネスの要求等の変更に合わせアップデートしていく必要があるので、それは自分達で開発するよりもアプリケーションベンダーが製品として保証するパッケージが望ましいという認識が強くなっていったのだと思います。それ以外の領域では、例えば給与計算も詳細な法規制や業務要求など、今時スクラッチで作ることはコストとスピードの観点からもあり得ないでしょう。
最近報道もあり話題となった生産管理の領域については、それぞれ企業特有の製造プロセスとそれを支える業務があり、私の経験では、特に外資系のパッケージは日本企業の生産管理、製造現場に合わないというケースがままある。そうしたところに無理に導入を進めた結果、アドオンとカスタマイズの増加に繋がる、下手をすればシステムを稼働できないという状況に陥る事例も多かったと思います。
◆自社に必要不可欠なデータを網羅することが“Fit to Standard”の鍵に
“Fit to Standard”を目指す上で、どのような観点でパッケージの機能選定を進めれば良いでしょうか?
ERPというワードはEnterprise Resource Planning の略であり、皆さんご存じのとおり「経営資源の再配分のための意思決定をサポートする」というのが本来のコンセプトです。業務をパッケージに合わせる、とよく言われますが、“Fit to Standard”で鍵となるのは業務プロセスではなくて、各種マスターを含むデータ項目です。業務処理や経営管理を行う上で必要なデータを格納・処理できなければ業務を成り立たせることができません。“自社に必要不可欠なデータ項目、データ構造を網羅できるアプリケーションなのか”、という観点が最も大切です。
売上1,000億円以上の規模の企業が使うようなパッケージは、標準のデータ項目に加え、拡張可能な領域を持っていることがもはや普通となっています。拡張といっても標準機能の範囲内での拡張である事が重要であり、最初のチェックポイントになります。ワークスさんの「HUE」シリーズでも、予備の項目やセグメントを標準で設定できますよね。特に会計の場合、そこまで多くの項目が必要という訳ではありませんが、例えば付加価値税の扱いについて、日本では消費税ですが、海外ではその国固有の売上税がある、これを国単位で項目設定や処理ができるか、ということがある。
管理会計に目を向けると、判り易い例として事業やSBU(戦略的事業単位)の区分を組織階層で構成するのか、仕訳明細上に「事業区分」というデータ項目を保持して構成するのか、という普遍的なテーマがあります。組織階層で構成するのは判り易いですが、融通が効きにくい。他方「事業区分」というデータ項目を保持すると、例えば事業別地域別情報など様々なレポーティングの要求には応え易くなります。しかしPLだけでなくBSも含め、仕訳明細にどうやって「事業区分」の項目を入力させるのかという課題もあります。もちろんマニュアルではなくて自動誘導がベストです。事業/SBU別のBSの作成は資本コスト経営における事業単位の資本効率性指標の算定では必須となります。PLにある程度品目をまとめた製品やサービスの項目を持たせ、製品サービス別の損益を見たいという要件も多くの企業であるでしょう。
販売、購買、在庫、製造/原価など事業部門側からの会計に対する情報要求もその企業や業界固有の要件があります。本当に必要なデータは何なのか、システム部門だけでなく関係する各部門が洗い出しを行いマッピングし、パッケージを選ぶことが重要です。
次のポイントとしてデータを使った処理機能にどういったものがあるか、標準でどこまでの業務処理機能が備わっているのかという点です。日本の源泉所得税の自動計算は、海外のパッケージでは標準ではないこともあります。固定資産に目を向けると税法償却に対応しているか、償却資産税のレポートなど、必要なレポートを出せるのかどうかも確認したいポイントです。昔は必要となる帳票を都度開発していたものですが、「HUE」シリーズでも対応しているように、今は簡単な操作でレポートを自ら作ることができるパッケージも出てきているので、何を選ぶかというより簡単に必要なレポートを作ることができるかということに見方が変わっているのかもしれません。
◆入力画面の操作のしやすさはDXと自動化により解消される
ERPパッケージへの投資の考え方には、トータルで相対的にコスト低減が実現できるかどうかというポイントも含まれます。入力画面の操作のしやすさは、ERPのコンセプトからすれば業務処理ができて、情報が取れていれば、優先度を下げるべき部分ではありますが、過去をみるとユーザーの「使いにくい」という意見をくみ上げて、入力画面だけのアドオンを被せてしまって失敗した、保守を含む多大なコストが掛かってしまったという事例も多くあります。ワークスさんの「HUE」シリーズでは、入力画面のレイアウト編集機能が標準で備わっていて入力画面も自在に変えられることは大きな強みですよね。
DXの推進は以下の3つの視点で捉えるべきと考えています。
➀ビジネスそのもののデジタルによる変革
②企業間取引のD2D移行
③処理の自動化
ビジネスそのものをデジタル技術により変革する、というのがDXの本筋なのですが、基幹業務のアプリケーションパッケージ領域とは少々異なります。残る2つですが企業間取引がD2D=Digital to Digitalになることによって、デジタルデータが自動で業務システムに入ることとなり、当初の発注情報を除き手動での入力そのものが不要になります。部品発注についてBOMによる自動発注の仕組みがあれば、発注も修正は必要ですがすべてを入力する必要はありません。例えばコンビニにおける自動発注もそうでしょう。チェックは必要になるかも知れませんが、入力画面の話は重要ではなくなりますよね。経費精算も、これはA2D=Analog to Digitalですが、今はレシートを写真で撮って取り込むだけで処理できたり、タクシーアプリではスマホで予約乗車やクレジットカードの自動決済をすれば自動で会計に取り込めたりできるようになりました。DXはアプリケーションの進歩も相まってだいぶ状況が良い方向に変わってきたと感じています。経理部門では、例えば多くの工数がかかっているであろう入金消込業務の自動化も、AIが入ってくることによって、より精度が高い自動化が実現できることが期待できます。
◆“Fit to Standard”の裏返しによる二極化する選択肢
今後、生成AIを使った開発支援ツールや、業界に特化した外部システムを組み合わせという考えも選択肢としては入ってくることが考えられます。システム構築の観点から、どのように選択や判断をしていくべきでしょう?
ガートナー社が次世代型のERPのあり方として2014年に提唱した「ポストモダンERP」は、将来予測される課題に対し、デジタルコアとなるERPへ様々なアプリケーションを組み合わせて使おうという概念です。出来合いのものが使うことができればそれに越したことはないのですが、重要となるのはそれらの接続性です。発表から10年が経過した今は、会計の観点からも統合的にインターフェースで管理をしたり、パッケージ間の接続にAPIを適用してリアルタイムに接続することもできたりしていますし、接続の整合性確保という課題への対応は大分進んできたように思います。2020年にはコンポーザブルERPという次の世代の概念もリリースされていますね。デジタルコアという概念がなくなり複数のSaaS、クラウド製品を組み合わせてあたかも1つの基幹システムのように構築するというものです。まだまだこれからだと思いますがアプリケーションの進歩、クラウドシフトと接続性の向上のトレンド故でしょう。
次に、従来のスクラッチ開発に代わって注目されている、ローコード・ノーコードツールについて考えてみたいと思います。これらに関しては、様々な意見がありますが、私は二つの方向性があると思っています。まず、企業のIT部門が、従来のスクラッチ開発をこのローコード・ノーコードのツールに極力置き換えてしまうということ。基本的には開発ツールなので、IT部門が専用のツールのことを理解している技術者である必要があります。もう一つの方向性は、ユーザーに任せてしまうこと。運用環境の整備や研修機会はIT部門がやるとして、実際のオブジェクトはユーザーが自ら作って運用、管理いくという方向性です。流石にユーザー部門に任せる領域は比較的シンプルな業務に限られるとは思います。この領域は、日本ではここ3~4年の話なので、これから議論を深めていくことになるのかなとは思いますが、EPM*ツールなど、特定機能領域のものですがノーコードツールであってもかなりのDB構築、業務処理が可能なものもあります。
他方、従来のスクラッチで開発を続けることが、新たな技術習得が不要であるとするならば経済効率性からは良いのかもしれないという考えもあります。難しいところですが、一つ言えるのは、それぞれ一長一短あるものの、デジタルコアとなるERP、会計システム以外の何処にどれだけ投資をしていくのか、結局はビジネス上の差別化要因や新たな価値の創出機会を図る上でトップマネジメントの判断が必要になるということです。ローコード・ノーコードツールやスクラッチ開発の使い所は、“Fit to Standard”の裏返しであって、“Fit to Standard”ができない領域が価値生みだすのであればそこに投資していく、それがすべてかと思います。“Fit to Standard”が可能な領域はそれを徹底的に推し進めコストを下げていく、そういう2極化が明確となってきているし、それを推し進めるべきなのだろうと考えます。
*EPM:Enterprise Performance Management/業績管理のツール
◆“Fit to Standard”が「2025年の崖」とされる人材不足の解決策に
将来的な人手不足が問題視されています。人材確保の観点からみた“Fit to Standard”についてもご意見をお聞かせください。
経済産業省が2018年に開示したDXレポートを通じて、「2025年問題」や「2025年の崖」が現実視されるようになりました。もっとも象徴的な部分は、IT人材や技術者の需要予測と現実的な人数予測のギャップ、明らかな人材不足です。2025年は来年ですが、既に多くの企業が、IT技術者だけでなくITの意思決定ができるCIOクラスや上級SEを十分に確保できない状況に陥っています。DXレポートでも明らかなように、今までの延長線で物事を考えてくのは難しくなります。スクラッチ開発やアドオンが自社やSIerで難しくなってくるのであれば、結局は在りもののアプリケーションを活用して、IT分野の人的リソースへの負荷を最小化しなければいけない。人材マーケットの状況からもまさに“Fit to Standard”が求められていると思います。
ワークスさんのような、個別開発・アドオンを基本的には必要としないアプリケーションパッケージを使えば、ユーザー向けのトレーニングもベンダーさんがフォローしてくれるわけですし、その分IT人材は、ビジネス上不可避なDXの推進、AIの活用、その他経営上の優先度の高いところへ回すことができます。トータルで成り立つアプリケーションを採用し、“Fit to Standard”を進めるという方向性は明るいという風に思います。“Fit to Standard”をうたう製品もすでに市場に多くありますが、日本企業の商慣習にFitするのかという”Fit to JAPAN Standard“が実現可能な製品であるのか、という点も重要ですね。
最後に1つだけ、実は財務会計の世界でも既に同じような人材不足の加速が起きています。ユーザー側にたってもテクノロジーによる自動化を進め、人的リソースをよりビジネス側にシフトしていく、そのような流れを作るのも“Fit to Standard”を前提とする現代的な業務アプリケーションの在り方ではないでしょうか。
次回の「経理財務 ✖ 〇〇〇 経理財務視点からみるトレンドワード」のテーマは「業務自動化」です。2024年11月頃の配信を予定しております。
※本記事は2024年9月時点の内容です